スクウェア・エニックスの『サガ』シリーズは、独特のセリフ回しや挑戦的なシステムで知られているが、音楽もまた、人気が高い要素のひとつだ。

 2018年8月8日に発売された映像付きサウンドトラック『SaGa 1,2,3 Original Soundtrack Revival Disc』は、ゲームボーイで発売された初期『サガ』3作( 『魔界塔士 サ・ガ』、『サ・ガ2 秘宝伝説』、『時空の覇者 サ・ガ3 [完結編]』)の楽曲とゲームプレイ映像を収録したBlu-ray Disc。懐かしの音楽を、懐かしい映像とともに楽しむことができる。

 本記事でお届けするのは、収録タイトルのひとつ、『時空の覇者 サ・ガ3 [完結編]』の音楽を手掛けた、藤岡千尋氏と笹井隆司氏のインタビューだ。『サ・ガ3』では、おもに笹井氏が作曲を担当。藤岡氏は同作のプロデューサーだが、音楽にも造詣が深く、「このシーンに曲が足りない!」というときは、藤岡氏が曲を書いたという。両氏が語る、『サ・ガ3』開発にまつわる思い出に、ぜひご注目いただきたい。

 なお、『SaGa 1,2,3 Original Soundtrack Revival Disc』は、東京ゲームショウ2018(幕張メッセにて、2018年9月20日~23日の期間で開催中)のスクウェア・エニックス ミュージックショップ(9ホール 物販エリア)にて販売されている。『サ・ガ2』の楽曲を手掛けた伊藤賢治氏のサイン入り商品も数量限定で用意されているので、お見逃しなく。

『時空の覇者 サ・ガ3 [完結編]』制限の中で生まれた音楽に、表現したいものが詰まっている。藤岡千尋氏&笹井隆司氏インタビュー_01
『時空の覇者 サ・ガ3 [完結編]』制限の中で生まれた音楽に、表現したいものが詰まっている。藤岡千尋氏&笹井隆司氏インタビュー_02
『時空の覇者 サ・ガ3 [完結編]』制限の中で生まれた音楽に、表現したいものが詰まっている。藤岡千尋氏&笹井隆司氏インタビュー_04
左:笹井隆司氏(文中は笹井)
右:藤岡千尋氏(文中は藤岡)

大阪開発部が自分たちなりに好きに作った『サ・ガ3』

――『時空の覇者 サ・ガ3 完結編』(以下『サ・ガ3』)はスクウェア(当時)大阪開発部にとってデビュー作となるタイトルですが、開発部を立ち上げて、まず『サ・ガ3』を作ることになった経緯を教えていただけますか?

藤岡大阪の開発部は、まず“新しく開発部を作る”ということが第一のミッションで、“何を作るか?”という話はまるっきりなかったんです。大阪開発部は、新しい人材が集まってできたもので、もともとスクウェアにいた人はゼロだったのですが、だからといって、まったく毛色の違うものを作るわけにもいかないと。そのとき、ちょうど『サ・ガ1』、『サ・ガ2』が出た後で、つぎはスーパーファミコンで『サ・ガ』を作るという動きがあったので、「それならゲームボーイの『サ・ガ3』を大阪で作って、スクウェアのテイストを大阪にも持ってくればいいんじゃない?」という話があって、作ることになったと記憶しています。

――大阪開発部のメンバーは、藤岡さんが声をかけて集めたそうですね。笹井さんも、藤岡さんがお声掛けしたとか。

藤岡そうです。めっちゃ誘ったよね(笑)。私は以前は、PCのゲーム会社で開発を担当していたんですが、そのときから、笹井くんにずっと音楽をお願いしたいんです。『サ・ガ3』もお願いすることにして、「どうせやるなら、スクウェアに入れば」とすごく誘ったんですが、笹井くんは「やだやだ」って。

笹井いろいろと処理が必要なことがあったので。だから、『サ・ガ3』の音楽を作っていたころは、まだスクウェアのスタッフにはなってないんですよ。

藤岡開発の終わりごろに入社したんだっけ?

笹井たぶん、開発が終わった後の、4月1日から?

――『サ・ガ3』のときは、笹井さんはまだスクウェアスタッフではなかったのですね。ところで、『サ・ガ3』ではおふたりで作曲を担当していますが、どのように割り振りを決めたのですか?

笹井けっこうアバウトです。主要な曲を書いたリストが来まして……「街1、街2、バトル1、バトル2、バトル3」みたいな、具体的な表記も何もないリストなんですけど(笑)。それをもとに僕が作って、開発が進んでいって「曲が足りない」となったところを、藤岡さんが作っていったという感じですね。

――基本的には、笹井さんにお任せした形なのですね。藤岡さんは、曲作りに関して、笹井さんにどのようなリクエストをしたのですか?

藤岡いま笹井くんが言ったように、詳しい説明はしなかったんですよね。それまでも、ずっと笹井くんに音楽を作ってもらっていたので、「RPGはあんな感じだよね、バトルではこうだよね」という雰囲気はわかりあっていましたし、笹井くんの曲がどういう風になるかもわかっていたので。

笹井確か、いきなり『サ・ガ2』のソフトを送りつけてきて。それと、ペライチのメールが来たくらいだったと思います。

藤岡自分たちも、『サ・ガ1』、『サ・ガ2』を自分たちで遊んで、当時のスクウェアにあった資料を見て、それだけで『サ・ガ3』を作ろうとしていたので(笑)。そういう、おおらかな時代だったんですよね。

――人気のあるシリーズの3作目を作ることに、プレッシャーはありましたか?

藤岡自分はなかったですけど。

笹井僕もなかった。

藤岡なかったよね。

笹井不思議と……。

藤岡なかったというか、バカだったというか。いまだったら、これだけ続いているシリーズだったら、重みのようなものがあるじゃないですか。でも、当時はそういうことを考えず、「1、2と来たら、3だよね」くらいの気持ちでした。大阪開発部の最初のタイトルということもあって、自分たちなりに好きに作りたいという気持ちもあったものですから。もちろん、『サ・ガ』の押さえるべきところは押さえつつ、ですが。なので、ゲーム内容もさることながら、音楽も笹井くんの色でいいという前提でスタートしていました。僕は笹井くんの音楽が好きでしたから。

笹井『サ・ガ3』の曲はPSG(音を作り出す電子回路の一種)音源なのですが、それで作るには、いままで自分がやっていたやりかたではダメだなということもあって……過去のことはあまり気にせずにやっていました。

藤岡PCゲームの音作りから時代がひとつ戻って、3音だけのPSG音源でやることになりましたからね。いまではチップチューンと呼ばれていますが。ゲームボーイのサウンドを使って、どうやって笹井くんの曲の雰囲気を出すか、工夫するのは楽しくもありました。

――ということは、サウンドプログラムを作ったのは、藤岡さんだったんですね。プロデューサーをやりながら、そこまで音楽に携わるとは、多才ですね!

藤岡いえいえ。そういった作業は、ずっとやっていたので、得意な分野だったんですよ。

――ちなみに、本作の作曲にかけた期間は、どのくらいでしたか?

笹井1ヵ月くらいですね。その間、スクウェアに行ったのは1回くらいでした。それが、怪しげな会社がたくさん入ってる変なビルで(笑)。こんなところで何してるの? って。

藤岡あとで怒られましたね、「なんでこんなビルを選んだの」って。そんなこともありましたねえ。

制限の中で工夫したからこそ生まれた、ゲームならではの音

――『SaGa 1,2,3 Original Soundtrack Revival Disc』では、映像とともに楽曲を楽しめますが、実際にご覧になってみて、いかがですか?

藤岡アレンジされたキレイな音で聴くのもいいけど、このオリジナルの音で聴くのもいいですね。雰囲気があって。

――開発当時の思い出が蘇ってきたり?

藤岡よくがんばったな、って思いますね、当時のことを思うと。作った後は、ハードや開発環境が進化していって、ゲームボーイのことは“古いもの”と見ていましたが、
いま改めて見ると、ゲーム機のスペックも含めて、こういう世界観のタイトルなんだなと思います。

――ゲームボーイ末期の作品ですが、すごく詰め込んでいることが、画面の密度からも伝わってきます。ストーリーも時空を旅する壮大なものですし。

藤岡『サ・ガ1』、『サ・ガ2』は物語を楽しむというよりは、システムを楽しむ面が強いタイトルだったので、『サ・ガ3』ではストーリーも押し出そうと、詰め込みました。時空が絡む世界観も含め、ストーリーが濃い目に出ているタイトルかなと思います。

『時空の覇者 サ・ガ3 [完結編]』制限の中で生まれた音楽に、表現したいものが詰まっている。藤岡千尋氏&笹井隆司氏インタビュー_05
『時空の覇者 サ・ガ3 [完結編]』制限の中で生まれた音楽に、表現したいものが詰まっている。藤岡千尋氏&笹井隆司氏インタビュー_06

――笹井さんは、曲を作るうえで、タイムトラベルものということは意識していましたか?

笹井僕は製品版になったときに初めて知った……。ストーリーとか、そういうものをほぼ知らずに書きました。

藤岡すごくラフなやりかたでしたね。

笹井ただ、できるだけ前作とは違うことをしよう、という気持ちは、何となくあったんですよね。植松さんやイトケンさんの曲は、最初から完成度がすごく高いじゃないですか。世界観もちゃんとできあがってて、3音で作るノウハウもあって。僕は、FM音源でわりと騒がしい音楽を作っていた時間が長かったので、そこで植松さんやイトケンさんと同じところで勝負してもしかたないなと。なので、ぜんぜん違う感じにしよう、という意識がありました。

藤岡笹井くんは、わりとロック的な、ベースラインがはっきりした曲が多いですからね。

笹井それを3音でなんとか表現して。

――藤岡さんと笹井さんは、おふたりともバンド経験者ですが、だからこそ近いものを感じるのでしょうか?

藤岡当時はそうだったよね。

笹井うん。

藤岡同じようなバンドをやっていたので、「笹井くんは、好きなタイプの曲を作ってくれる人だ」と捉えてました。

――収録曲の中で、思い入れが深い曲はどれですか?

藤岡このあいだの、『サガ』のオーケストラコンサートで聴いて、すごくカッコいいな! と感じたのは、ダンジョンの曲です。『聖なる遺跡』。

笹井サガオケでは、メドレー(『これがいきもののサガか -サガバトルメドレー』)で『神戦』のアレンジが流れたときは、びっくりしましたね。

2016年に行われた『サガ』のオーケストラコンサート。『これがいきもののサガか -サガバトルメドレー』は、『魔界塔士サ・ガ』から『インペリアル サガ』、『サガ スカーレット グレイス』までのバトル曲が詰め込まれた超大曲だった。このコンサートの東京公演の音源は、CD『サガ オーケストラコンサート2016』に収録されている。

――同じくサガオケで演奏されたメドレー『魔界吟遊詩 -サガシリーズメドレー2016』には、『ステスロス』が入っていましたよね。ファン人気が高い曲ですが……確かに改めて聴くと、ロックのテイストを感じます。

藤岡音を細かく刻んでいる曲が多いですね。こういう曲を、PSG音源でどのようにデータを作るのか……うまくマッチしないと、よく聴こえないので、そこを調整するのがいちばん楽しかったところです。

――藤岡さんの曲の中では、やはり思い入れが強いのはエンディングの『時空の覇者』でしょうか。

藤岡本当に最後の最後に作った曲です。エンディングとして、かっちり作りました。どうやって映像と曲の尺を合わせたのかは、覚えてないんですよね。おそらく、エンディングの映像を見て、合わせたんだと思うんですが。

――映像と合っているからこそ、この『SaGa 1,2,3 Original Soundtrack Revival Disc』で聴く甲斐がありますね。

藤岡当時はマーチ的なものを作りたくて、この曲調になりました。(映像を見ながら)見ていると、思い出すなあ。

笹井僕、この曲めっちゃ好きなんですよ。開発中は、画面はまったく見ていなくて。製品版ができて、サンプルのソフトが送りつけられてきて、「ご苦労様でした」とペライチの紙に書かれていたんですが(笑)。それで、最後までプレイするじゃないですか。エンディングを聴いて、「負けた」と思いましたよ。尺まで合わしやがって、って。めっちゃかっこええやんけ! って。

藤岡そう言われるとうれしいですね。

――当時、お互いの曲の感想を言い合ったりはしたんですか?

藤岡まったくしてない。

笹井いいか悪いかも言ってくれなかった。その後スタッフになったこともあって、そういうことを言う機会がなかった。

藤岡いい音楽という前提でやっているから、あえて言わなくていいんじゃないの、って。

――それだけ笹井さんの曲に惚れ込んでいたんですね。

藤岡大好きなんですよね。もともと、ロックテイストの曲をゲームで使いたいと思っていて、そのイメージと、笹井くんが作る曲が完全に一致していたんです。笹井くんの曲は、ベースラインやメロディーが独特で、曲を聴けば「笹井節だな」というのがわかるところがいいですね。

――笹井さんは、自分の中にあるロックのイメージをゲームの曲に落とし込むときに、こだわったことはありますか?

笹井「本当なら、こういう曲になるのに」というイメージを、ゲームの音源ではその通りに表現できないから、ゲーム音楽っぽくなっていた……という面がありまして。「本当なら、ドラムやベースがあって、ここでジャーン! ってなるのにな」というイメージが最初にあって、それをゲーム音源でアレンジしたという感じです。しょぼい音源で、無理にロックをやろうとしていたわけではないんです。

――当時の環境ならではですね。最近は、ゲームの音数が豊かになったので、イメージしたものはそのまま表現できてしまいますから。

笹井それについては、最近、気が付いたことがあるんですよ。「何でもできる」となったときに、それがいい曲かどうかは、ちょっと違うって。

――制限があるからこそ、生まれるものがあるということでしょうか。

藤岡それは、当時の音楽の作りかたを知っている人なら、よく言うことじゃないかと思いますね。ある程度の制限がある中、表現したいものがあって、それをデータを工夫して作る。思いついたものを全部乗せられないので、削ぎ落とさないといけなくなりますが、それによって洗練されたものになる。全部を見せる感じではなく、本当に必要なものだけをまとめたものが生まれる……という。

――洗練されたシンプルなものだからこそ、「こんなアレンジにしてみたらどうかな」と、聴いた人の想像力が働く、という一面もありますよね。

藤岡そうして、聴いた人が自分のイメージを入れるスキがあったほうが、人の思い出に残りやすくなるのかもしれません。

――『SaGa 1,2,3 Original Soundtrack Revival Disc』が、ファンのイメージを膨らませる新たなきっかけになるかもしれませんね。

藤岡これまでも、ニンテンドーDSで『サ・ガ3』がリメイクされたり、オーケストラコンサートで演奏されたりしましたが、当時の映像を見ながら曲を聴くと、また違う、新しい思い出ができる感じがしますね。

笹井でも、これを見て『サ・ガ3』をやりたいなと思ったら、どうすればいいの?

――その場合は、がんばってゲームボーイを手に入れていただいて……。

藤岡ミニゲームボーイとかが出たらいいのにね。ミニファミコンみたいに。

――そのときは、ぜひ3作すべて収録してほしいですよね。来年は『サガ』30周年ですし。

笹井今年は29周年? 毎年何かやってくれればいいのに(笑)。

藤岡また何か、楽しい企画があるといいですね。

『時空の覇者 サ・ガ3 [完結編]』制限の中で生まれた音楽に、表現したいものが詰まっている。藤岡千尋氏&笹井隆司氏インタビュー_03