2ストロークエンジンに未来はあるのか?

かつては日本の軽自動車などにも搭載されていた2ストローク・エンジンが、今、注目されている。なぜか? 世良耕太が解説する。
2ストローク・エンジン engine ガソリン・エンジン F1 エスティマ トヨタ スズキ SUZUKI ジムニー

F1マシンが2ストロークに!?

2014年から1.6リッターV型6気筒ガソリンターボ・エンジンを積んでいるF1は、2025年に新しいパワーユニットに切り替える予定だ。2020年1月にイギリス・バーミンガムで開催されたモータースポーツ関連のカンファレンスで、フォーミュラ1のテクニカルディレクターを務めるパット・シモンズ氏は、新しいパワーユニットの候補として「2ストローク対向ピストンエンジン」を検討していることを明らかにした。

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この発言が世間に与えたインパクトがあまりに大きかったからなのか、その後、主に商業面でF1を管理するフォーミュラ1も、ルール面でF1を統括するFIA(国際自動車連盟)も、新しいパワーユニットに関しては固く口を閉ざしている。

現在、F1マシンには1.6リッターV型6気筒ガソリンターボ・エンジンが搭載されているが、今後、もしかすると2ストロークの新エンジンが搭載されるかもしれない。

Mark Thompson

シモンズ氏は先のカンファレンスで、「2ストローク対向ピストンエンジンはとても効率が高く環境にやさしい」と、発言したものだから、情報を耳にした人たちが騒いだのも当然だ。「F1に2ストローク?」「2ストロークが環境にやさしい?」と。

なぜなら、かつては排気量の小さな乗用車に採用例が多かった2ストロークエンジンは環境に悪く、排ガス規制に対応できないから、消えていったのである。いわば、淘汰された、あるいは淘汰されつつある古い技術だ。それを“環境にやさしい”として復活させるとはどういうことだろうか?

1979年登場の初代スズキ「アルト」は、550cc直列3気筒の2ストローク・エンジンを搭載した。

2ストロークエンジンのマルとバツ

現在、ガソリン・エンジンと呼んでいるエンジンのほとんどは、4ストロークエンジンである。クランクシャフトが2回転(ピストンが上死点と下死点の間を2往復)する間に吸気〜圧縮〜燃焼・膨張〜排気の4行程をおこない、ガソリンに含まれる化学エネルギーをいったん圧力に変換し、機械エネルギーに置き換える。

一方、2ストロークエンジンは1回転(ピストン1往復)で1回燃焼する。ピストンが下死点付近に達したところで掃気(排気と吸気)をおこない、下死点から上死点に向かう上昇行程で圧縮。上死点から下死点に向かう下降行程で燃焼〜膨張〜排気をおこなう。

イタリアのオートバイクメーカーであるアプリリアが製造する「SR50 R」は、現在も2ストロークエンジンを搭載する希少なモデルだ。

4ストロークエンジンのような傘バルブを開閉して吸気と排気の出し入れをおこなうのではなく、ガソリンと空気が混ざった混合気はいったんクランクケースに取り込み、ピストンが下に降りると開く口(ポート)を使って燃焼室に送り込む仕組みだ。

2ストロークエンジンは4ストロークエンジンのように各行程をきっちりわけず、半分の行程で4つの役割を強引にこなすので、無理が生じる。吸気と排気の線引きがあいまいなのが一例で、排気と一緒に混合気(生ガス)が排出されてしまうし(独特の臭いの原因だ)、オイルも混入する。これらは構造的にも燃焼サイクル的にもいかんともしがたく、だから、厳しくなる一方の排ガス規制に対応できなくなって消えていった。

では、なぜ一時期2ストロークエンジンがもてはやされたのか? というと、4ストロークエンジンとおなじ排気量なら、原理的には2倍の出力を出せるからだ。出力とは、言い換えれば仕事量である。4ストロークエンジンはクランクシャフト2回転(ピストン2往復)で1回燃焼し、仕事をする。一方、2ストロークエンジンは1回転(ピストン1往復)で1回燃焼する。4ストロークエンジンが1回休んでいる間も2ストロークエンジンは仕事をするので、2倍のパワーが出る理屈だ。

トヨタの初代「エスティマ」は、当初、新開発の2ストロークエンジン「S2」を搭載する予定だったものの、開発に失敗したため、一般的な4ストロークエンジンが搭載された。

それに、4ストロークエンジンのような複雑なバルブ駆動システムが要らないので安く作れるし、軽くできる。整理すると、2ストロークエンジンの4ストロークエンジンに対する強みは、小型、軽量、高出力、低コストとなる。法規上小さな排気量しか認められず、商品上安く作らなければならない軽自動車に2ストロークエンジンが好まれたのは、こうした特徴による。

ただ、排ガス性能に関してはいかんともしがたく、現在は乗用車に比べて地球環境に与える影響が小さな小型屋外作業機械を中心に生き延びている(そこにも、排ガス規制の動きが強まっているが)。小型屋外作業機械とは、チェンソーやパワーブロワー(落ち葉を集めたりするのに使う)、刈払機などを指す。

なぜ2ストロークエンジンに注目したのか?

フォーミュラ1が2ストロークと言い出したのは、対向ピストンエンジンのほうに理由がある。2ストロークは対向ピストンエンジンと相性がいいからだ。対向ピストンエンジンは、通常のエンジンのシリンダーヘッドを取り去り、向かい合わせに結合したエンジンである。

ピストンがくっついたり離れたりする点で水平対向エンジンに似ているが、水平対向エンジンは真ん中にクランクシャフトがあって背中合わせにピストンがあるのに対し、対向ピストンエンジンは両サイドにクランクシャフトがあり、中央部でピストン冠面が向かい合っている。

スズキの初代「ジムニー」も2ストロークエンジンを搭載。1960〜1970年代の軽自動車のほとんどは、2ストロークエンジンだった。

対向ピストンエンジンは向かい合った2つのピストンが燃焼室を共有する。つまり、ピストン2つで1気筒。真ん中で点火すると、向かい合ったピストンが離れて両サイドにあるクランクシャフトに力を伝える。見方を変えれば、対向していない通常のエンジンのストロークを2倍にしたのと同じで、燃焼サイクルの効率が向上する。昨今とかく話題に上がりがちなエンジンの熱効率を大きく向上させるポテンシャルを備えているのが、対向ピストンエンジンなのだ。

問題は、ピストンを向かい合わせにした場合、通常はピストンの上部にある吸排気バルブを配置しづらい点だ。そこで、バルブの要らない2ストロークの出番というわけである。2ストロークのネガである混合気の吹き抜けに関しては、クランクケースを経由せずに燃焼室に流す方法を採用することで、解決できる方策が研究されている。また、対向するピストンが常に逆方向に往復運動をするので、原理的には無振動にできるのも対向ピストンエンジンの特徴だ。

F1は時代の先端を行く革新的な高効率エンジンとして、対向ピストンエンジンに目を付けたのだろう。対向ピストンという新しいエンジン形態との組み合わせで、2ストロークが息を吹き返すかもしれない。

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文・世良耕太